タイプライターを修理に出した話(其の一)

以前ブロマガで、電信用和文タイプライターを壊した話をした。これはその話の続きである。

ちょっと前のことだが、お金に余裕が出来たので、悩みつつもとりあえず専門店に連絡する事にした。どこにするかとか店の良し悪しは解らないので、以前インクリボンを買いに行ったことのある修理屋さんに連絡してみた。

修理屋さんもご高齢の方が多い、なるべく早めに依頼しないと本格的に直す手段が無くなってしまうので、ある日の週末、意を決してお問合せフォームで電信用のカナタイプが修理できるかを簡潔に記入し、送信を押した。何となく心理的に知らない所に連絡を入れるのは苦手なのだ。

そうしてお問い合わせを入力した二日後、職場での授業の合間の休み時間にタイミングよく電話が鳴った。

電話を取ると、専門店からだった。幾分、年を取っているひとの、大きな声が聞こえた。私と同じで電話で声が大きくなるタイプの人のようだ。話し方もオタク喋りに似た特有のちょっと早口じみて上ずった声で、妙な親近感を覚えた。

「とりあえず、タイプライターを修理したいとのことですね。電動ですか?」
「手動です」
「メーカは何処でしょうか……」
「えーと、今ちょっと手元にないので、えーと、中島ナントカ工業です」
「形はどういうのですか、ポータブル……?」
「えーと、デスクトップっていうんですか、あの正方形に近い、アンダーウッドとかの……」
「ああ、スタンダード型ですね」そこからは、専門用語が混じって半分くらい理解できなかった。
「とりあえず、レバーとか中の重要な部分が壊れてなければ大丈夫です、実際に見てみないと、何とも言えないので、送って下されば、見積もりをいたしますので、見積もりの時にも多少代金はかかってしまいます。そして修理となると一万五千円から状態によってお金がかかることになりますがよろしいですか」
「大丈夫です、じゃあ、直接送ればよろしいんですね……」

その後、送り先や何やらの簡単な話をして電話は終わった。教室だったので、自分の教えている外国人学生が、電話のやり取りを聞いて笑っていた。ネイティブが話す教科書に載っていない、ダラダラとした話し方が面白かったらしい。

家に帰る前に、宅急便の伝票をもらい、家に帰って宛先を記入し、壊してから段ボール箱に緩衝剤と一緒に入れておいたタイプライター箱ごと引っ張り出し、ガムテープで封をして、In Design でつくったA4用紙の中心に『精密機器在中』と印刷した紙の余白を切って整え、取扱注意のステッカーを張り、重いので、紐で十字に縛った。




翌日、荷造りが終わった段ボール箱を、伝票をもらったコンビニに預けた。

数日後、携帯に着信が入った。番号は専門店からだった。

「タイプライターの件ですが、内部が錆びついてまして、キーボードを押すごとにローラーが繰り上がるようになっているんですが、それが動かないようになっているので……」
つまり内部機構が錆びついていたのが原因らしい。
はっきりと聞こえたのはそんな内容だった。思わず「それは治るんですか?」
「見積もりについてですが、換えの部品が無いので、一つ一つをばらして、サビ取りをしながらの分解。*オーバーホール(*註:分解清掃)と言いますけど、その際に、部品が欠けたり、破損などが無い限りは大丈夫だと思います。そういう事になりますので、かなり慎重で丁寧な作業になるので十日ほどいただきます。それと代金の方ですが六万円になりますがよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」と俺は答えた。
「でも珍しいですね、こういうのは。日本のタイプライター史に残る逸品だと思いますので大切にしてください」とお世辞かもしれないが嬉しい言葉を頂く。

その後、支払い方法や、修理が完成した時点で連絡をする等の細かい話を交わし、とりあえず、戻ってきたときに一緒に書類が入っているので、そこに書いてある振込先に代金を振り込んでくれとの事。

そうして会話が終わり「よろしくお願いします」と言って電話を切った。

深呼吸をする。

六万円という値段よりも、直せるという事実に、今まで張り詰めていた緊張の糸が切れた感じがした。しかし、まだ、手元に戻ったわけでは無いのだが、確定ではないが直せるらしいとの報告が、何よりも金に換えがたい気持ちになった。

お金は、色々調べて、五万円位はかかるだろうと覚悟していたし。(さすがに十万以上だったら怯んだが)、金でどうにかなるなら金を払うつもりでいたので問題は無かった。それに、四月過ぎれば消費税が上がる。なんやかんやでやるなら今だと思った。

それだけの値段を払う価値はある。修理だけじゃない、俺は修理をすることで起こるエピソードや、感情の動きに金を払っているんだと思えば、儲けもんだ。

思わぬ出費ではあるのだが値段も同人誌の印刷費とあまり変わらない。それに金が無ければ稼げばいいのだ。元々『金なしコネなし何も無し』のワープアではあるのだけれど、仕事はしているし、まあ、出すところはちゃんと出さないと経済も回らない。

懐はさびしくなるが、それでも、なんとかやりくりできそうな範囲で収まったので良かった。後は、修理が終わるのを待つだけだ。(続く