僕はたいした理由もなく君の手を握る 第十三章

日も朝から、同じ部隊で事故死があった。噂によると本当は殺されたらしい。誰かがヒステリーを起こして、突っかかってきたので、その相手をしていた人間が有無を言わさず処理したという事らしいが、事故としてされたという話が一部でささやかれていた。

 本当がどうかはわからない。

 ただ、事実として基地の脇にある簡易的な墓地に墓標代わりのマジカルステッキが増えていた。誰かしらが死んだのは確からしい。

 月に何人も死んでいるので、ああ、死んでしまったのかくらいにしか思わない。悲しいと悲しくないの差は結構曖昧(あいまい)だ。こういうのは個人的な思い入れの差なのだろうか? そういうのは自分でもよくわからない

 戦場では人が変わる。というのは半分噓で半分本当だ。

 それはつまり適応(てきおう)出来るか出来ないかであって、極端に冷静になるか、適応出来なくておかしくなるかのどちらかだった。それは見た目での印象では判断できない。突然起こる。引き金を引くようにちょっとしたことで短気やヒステリーが始まるし、知らぬ間に自殺している者もいる。

 意外なのが、事を荒立てないようにしようとする静かで弱々しそうな人間の方が迷いなく人を殺せるという事だ。そういう人たちは自分なりの行動規範の様なものがあり、理不尽にそれが侵されると容赦(ようしゃ)が無かった。

 そういったことで、戦死とは別に一定数様々な形で内部からも排除されるものも出てくる。極限状態に近い状態だと、適応できるタイプも変わってくるという事だろうか。

 この争いのきっかけなんか、一人の魔法少女が殺されたという事だったのに、今ではその何倍も人が死んでいる

 これを皮肉と言わず何と言おう。

 戦場で日々を過ごしていく中で幾度となく様々な小隊が、戦闘不能状態に陥り、何度となく編成が変わっていった。

 戦死

 事故死

 敵前逃亡を含む行方不明

 そういったことが何度も何度も繰り返される。おかげで、いつの間にか私も上に立つものが減って、下っ端から、位が少しだけ上がった。

 とはいえ、ストレスの多い部隊は統制がとりづらくなる。

 毎回毎回、武器片手に交戦という訳でもない。非戦闘地域に行けば、休日が与えられ、ある程度自由行動もとれる。

 日々やることを明確にして、行動しないと他人はついてこない。そういう事を肌で感じていた。ただ、一番戦場で答えたのは、否応なく物資が減っていくこと。モノが少なくなるっていう事は不安になるし、精神衛生上にもストレスだった。何より物資量は食事に直結するため、かなり辛い思いになる。

 編成が変わることで、思いがけない再会もある。私も新しい部隊が前線基地に配属されることとなり、そこでレーニャと再会した。

 レーニャはいつの間にか階級が上がりエリートとして、部隊を指揮する立場の一人となっていた。

 私はというと作業も、基地内での通信作業に回されて、しばらくは事務作業に専念することが出来ることとなった。通信班も日に日に緊急信も増え、状況報告がここ数日の主な作業だった。暗号化されてるので、解読し一字一句もらすことなく伝える。中には、部隊の全滅を知らせる最後の通信もあった。

「どう思う?」

 伝信の報告をした後私はレーニャに

「良くないね、不謹慎かもしれないけれど、ここでずっと戦っていても未来は無いと思う」

「それは私も同意見」

 砕けた話し方だったが、普段は上官と部下で、周囲の目もあるので、もう少し固い口調だったが、今日は二人だけだったので無礼講だった。

 戦況は日に日に悪くなっていった。戦闘は持久戦と化している。敵対する協会側とどちらが先に潰れるかと言った感じだった。

 全滅を知らせる連絡も、毎日のようにやってくる。それを伝え聞くのは、情報が少ないせいで想像の余地があるせいなのか、実際に目の前の人間が死んでいくよりも物悲しい気持ちにさせた。

―――


 今日も魔術伝信が来た。シチレーからだったシチレーの方も受信者が私とわかったらしい。

 全滅を告げる通信文の後、短い別れの言葉を残した。

「最後の通信があなたで良かった。またどこかで」

 その文面に胃の奥が重くなるような感触を覚えた。悲しいとか寂しいとかそういった気持ちではなく、ただ気持ちが暗くなる。ほんの少しの言葉なのに。

 レーニャの部屋にその緊急信を急いで伝えに行った。

「どうした?」レーニャはそう言って私の画言葉を発するのを待っていた。

「緊急信です。東地区の小隊が全滅した模様です。只今受信した伝信を読み上げます」

 目頭が熱くなっていた。涙こそ流れていないが、きっと目は充血しているだろう。

「承知した。あそこの部隊にいたのか……」

「そうです」具体的には言わなかったが、レーニャは伝信の文面を見てシチレーの事を把握したらしい。

 この場合も部隊が成立しなくなったという意味の全滅も、隊員の全員死亡の全滅もあるが、どっちにしろ期待はしない方がいい。

 全滅という事実が本当に悲しいと思ったのはこれが最初で最後だった。


―――


 緊急信が増えるにつれ指令室と通信室の行き来はここのところほぼ毎日だ。

 いつものように、通信内容や状況報告を伝えていた。

 突然、指令室の窓ガラスが割れ、エレナのいる方向に突然攻撃魔法が発せられた。

「レーニャ!」私は急いで駆け寄る。

 レーニャは、攻撃をよけていた。指令室の床には焦げ跡と小さな穴が開いていた。

「私は大丈夫」

「今の、どう考えても敵じゃないよね?」

「これだけ人と関わってれば、私をよく思わない奴なんて一人、二人はいるわよ。中にはスパイのような奴も何人かは紛れているだろうし。話は一旦おいて、ここから離れましょう」

私たちは急いで指令室から離れる。基地の廊下を早足で通る。

「どうやっても、仲間同士の殺し合いは減らないわね」私の後ろを歩く、レーニャがつぶやいた。

「それなら、逃げない? どうせ悪くはなっても、良くならないんだし」私は背を向けてそうつぶやく。

「戦闘時の脱走は重罪よ、敵前逃亡とみなされる」

「結局、死んじゃうなら少しでもマシな方を選びたいと思わない?」私は振り返るようにレーニャの方を向いて言った「大丈夫、私がいるから。一人じゃどうしようもなくても、二人ならどうにかなることだってある」

 私は手を差し出す。

「行こう。逃げるなら今だよ」

「うん」そう頷くとレーニャは私の手を握っていた。