僕はたいした理由もなく君の手を握る 第十九章

街の中は廃墟のようだった。長期間の戦闘で建物の外壁から何からボロボロになっている。通りを歩いている人はほとんどいない。歩いていても、生活の為に仕方なくといった感じの表情でそそくさと逃げ回るように歩いている。

 それだけ街中を歩くのは、危険と隣り合わせだっだ。様々な理由で遠くへ逃げられない人たちは、扉をして息をひそめながらひっそりと暮らしている。

「行く当てとかある?」

「そんなのないよ、休めそうなところがあれば、少しの間お邪魔して、嵐が治まるのを待つしかない」

 溜息をつく。

「どうする?」

「どうするっていったって、すぐにいい案は浮かばないよ」

「だったら戻ってみない?」

「戻るって、どこに? 部隊?」

「そっちじゃなくて、学舎の方。部隊はもう残っているかわからないわよ。学舎なら閉鎖されているわけだし、いたとしても人は少ないはず」

「ここからだと……時間はかかるけど、確かに行けない距離じゃないね、私は構わない」

「じゃあ、決まり」

―――

「懐かしいわね」学舎が近づいてくるとレーニャはそう呟いた。まだ、通りには雪が解けずに残っている。吐き出される息も白い。戦場のよりもさらに気温は低そうだ。

 学舎のまわりは、相変わらずの殺風景だったが、私はそれがなぜか嬉しかった。

「ここら辺は、それほど変わってないね。外観は前よりボロボロだけど」

「学生を除けば、もともと人も少ないしね、攻撃したところで旨味は薄いから」

「もう、学舎には誰もいないんだよね、一緒に勉強していたみんなも。何人かは、もう二度と会えなくなっちゃった」

「うん」

「ここに来ると、不思議に落ち着く。戻ってきた感じするよね。もうずっと昔の事みたいになっちゃったけど」

「私たち自身はそれほど変わってるわけじゃないんだけど」

 そうやって、話しているうちに学舎の門の前までやってきた。

「どうする? 入る?」

「他に行く場所もないでしょ」

「そうだね。後で、宿舎も寄ってみない」

「いいけど、宿舎の方がばれると厄介かも」

「全部の部屋鍵閉まってそうだしね」

―――

 門は固く閉ざされていた。だからと言って入れないわけでは無い。こういう所には秘密の入り口というか、学生が様々な理由で開発した、秘密の通り道がある。

 学舎には簡単に侵入できた。

 廊下を歩いていると、掃除をしていないのか至る所に埃が積もっていた。ちゃんと管理がなされてないらしかった。

 暖房の入っていない学舎は、空気が透明な感じがして鋭くどこか空虚だった。

 講義室も机と椅子が、そのままの形で残っている。不思議な空間だった。

 幾つかの部屋を回って、レーニャの研究室だった部屋に戻ってきた。部屋の中はずっと前に処分しちゃったから大したものは残っていない。

「また戻ってきちゃったね」

「私はこの争いが終わっても、もう戻る気も本当は無かったんだけどね」

「出ていくとき片付けちゃったから、なんにもないや」

 そういうと、レーニャは思い出したのか、戸棚の中をごそごそと探し始めた。

「なにやってるの?」

「これ」といってワインの瓶を取り出した「一本だけ残しておいたの。これだけは、捨てるの勿体なくて。アリサも飲まない?」

「しょうがないな。一杯だけだよ」

「大丈夫。普通のグラスだけどある」

 そういうと、レーニャはグラスにワインを注いだ。

「それじゃ乾杯」

 そう言って、私たちはお酒を飲み干した。

 その時だった、レーニャの背後に小さな影が見えた。

 使い魔だった。

 私が身動きする前に、小さなその使い魔は呪文を発動させた

 レーニャの手から空のグラスが転がり落ちた。