『きっと誰かが見ててくれている』はたぶん幻想。

頑張ってコツコツやっていれば誰かが見ててくれる。個人的にはこの言葉は信用しないほうがいいというか、期待してはいけないと思います。

なんと言うか、実際誰かが見ていたからといって何かが改善することはあまりなくて、勇気を出して、自分から行動に移したりアピールしたほうが効果が高い。効率の面でも、費用対効果の面からしても悪いし。何よりも、他力本願過ぎやしないか? って自分は思うわけです。

こういうのは、日の当たらないマイナー趣味や、完全な道楽、採算度外視の最先端プロジェクトの場合なら話はわかる。その場合は、手探りで明かりのない暗闇の中を地図も何もなしで、コトを進めなければならないから、トライアンドエラーがものをいう世界という面がある。

要は状況と要素ケース・バイ・ケースで戦略は練らないと、単に都合のよいやつ扱いされますぜってことです。個人でやっているならともかく、集団、それも大きな組織だと尚更気をつけないといけないわけです。

だから、ちゃんと周りを見て、最善の判断をしましょう。自分は正しいんだと思ってがむしゃらに突っ込んでいくのもいいけど、うまくいかないときはやり方を変えてみたり、客観的に物事を見返したりするのも大切。

がんばってコツコツやれば成果が出るわけじゃない。とはいっても、それでも何もやらないよりかはマシだけどね。まったくのゼロの状態ならささやかな行動だって確立はすごく上がる。更に運と機会に恵まれれば、ごく稀にいうまくいくこともある。自分から見るとちょっと博打過ぎる気がするけど。

でも逆はなぜか成立するんですよね高確率で。手抜きは誰かが見ていて、ごくまれに力技で乗り切れる奴がいるだけで、基本いつかはバレる。それだけは心に留めたほうがいい。

まあ、絶望する必要はないよ。全てうまくいくときもあれば、全て裏目に出る事だってある。それが人生だって思っておけば、少しは気が楽になる。根本的な解決には別の何かが必要かもしれないけどさ。