僕はたいした理由もなく君の手を握る 第四章
俺とミハイルは、ロビーで軽く談笑した後、レストランでワイン片手に食事を楽しむことにした。向かい合いながらワインを酌み交わす様子はハタから見たら、久しぶりの再会を喜ぶ友人同士の微笑ましい歓談(かんだん)に見えるだろう。
食事は中々のモノだった。
ピクルスの盛り合わせと新鮮な葉物野菜のサラダ。
香辛料の効いた魚のスープ。
鴨肉のロースト……。
それらはどこにでもある何の変哲もないメニュー。普段のお粗末な食事と比べれば、何でも美味く感じるのは確かだが、それでもここまで充足感(じゅうそくかん)を覚えないだろう。素材がいいのか調理法がいいのかはわからないが、食事の美味(うま)さも相まって話が弾んだ。
最初はくだらない世間話。
次に近況報告。
そして、腹の探り合い。
ミハイルは端正な顔立ちな上、人づきあいに慣れている故に表情が読みづらい。ミハイルの表情を意識しつつ、会話をして意図を探った。
ミハイルの方も勿体ぶっているわけではないが、話にもどかしさを感じる。俺と同じで物事の美味しい所は最後に取っておく主義らしい。
肉料理をフォークで刺して口に持っていく。
飲み込んでから、グラスの中のワインを傾ける。
一息ついて俺は聞いた。
「それで、一体何の用なんだ? 久しぶりの再会を祝して一緒に食事して終わりってわけじゃないだろ?」
ミハイルは数秒、間をおいてからわざとらしくニヤリとして「期待しているのかい?」
「そういうジョークは止めろ、シャレになってない。お前みたいなやつが、ただ何となくで会うなんてありえないだろ。何を考えてる」
俺がわかるのは、この話はガラの悪い飲み屋でやるような話じゃない。という事だけ。
ミハイルはナイフとフォークを置くと「失礼」と言ってナプキンで口元を拭いた。
「まあ、なんだ。簡単に言うとだな……相談なんだが……俺と一緒に仕事をしないか?」
「冗談だろ?」
「俺が噓言ったことあるか? それに、もう事務所も用意してある」
「その話に乗ってもいいが、一体何するつもりだ? また使い魔関係か?」俺は、水の入ったグラスに口をつけた。「あまり汚れ仕事はしたくない」
「そこら辺は心配しなくていい。多分、数か月は給料が出ない」ミハイルは言った。
「事務所があっても仕事がないってことか」
「いわずもがな。別の言葉で言えば開店休業状態」
「お前の事だから勝算かなにかはあるんだろ? こそこそ裏で何やってたかは聞かないが」
「そんなものはない。直感だけさ」ミハイルは言い切った。
「そうか。俺はお前の話に頷くのは簡単だ。既に泥の中に体を突っ込んでるんだ、ただ、これ以上やると洗濯機ぶち込んでも汚れは落とせないかもしれない気がするんだ。つまり最終的にゴミ箱行き……俺の言いたいことは解るな?」
「無理にとは言わない。俺だって悪人じゃない」
「綺麗な顔して、首の下まで泥の中にいるような奴が言う台詞か? どっちにしろ、普段の使い魔の下請け的な非正規仕事は俺たちには分が悪い。それに俺は組織に所属しているわけでもない」
「俺だって、協会にも組合にも忠誠心は持ってない。俺らからすればどっちも変わらないわけだしな」
「とはいえ、この仕事をするだけの目的はあるんだろ?」
それ以上の事を探ろうとするとミハイルは言葉を濁した。本音は話してくれないらしい。
「まあ、乗るも反るも、契約書を作って、内容を詰めてからだ。それにまだデザートも食後のコーヒも飲んでない」と俺は言った。
「わかったよ、カルナ。この話はまた別の機会にしよう」
ミハイルは仕方がないなとでも言う様に笑っていた。