僕はたいした理由もなく君の手を握る 第五章

貨物列車のような長く連なった列車に押しこめられ、私たちは訓練所に連れて行かれることになった。貨物用の長距離路線を使い家畜のように運ばれる。

 私たちの価値は家畜か荷物と同じらしかった。貨物車両で運ばれなかっただけでも幸いと思った方がいいのだろう。

 座席のシートは寝台車用のベッド変形するタイプのもので、硬い材質出来ていて何時間も乗っていたら、お尻が真っ平らになるんじゃないかとさえ思える。これを好むのは苦痛とか、気が滅入ることや拷問が大好きな変態か何かくらいだろう。

 隣では何を考えているのか知らないが、レーニャは、物憂げに窓の外を眺めていた。

 お節介(せっかい)になるのが嫌で私はあえて話しかけなかった。長い間列車に揺られることになるんだから少なくとも話す時間が足りなくなることはない。

 用を足しに洗面所に行くときなど席を離れることもできるから、そのついてに車内を見て回ることもできたし、退屈だと思えば、他の席にお邪魔することだってできた。特定のグループに属さないようなタイプの子たちが、実際暇を持て余して入れ代わり立ち代わり、気さくに話しかけてきたりもする。そういう子たちは話し相手が欲しいだけで、自己紹介もしたり、しなかったりと性格的に後腐れが無いので、受け流すにしても話し込むにしてもやりやすかった。

 おかげで普段の学舎では、付き合いのないような子たちとも沢山おしゃべりをすることになった。学舎内の利害関係も、今回の招集で大半が消滅したと言うのも大きいだろう。

 今まで、縛られたしがらみが至る所でリセットされているのだ。

 同じ車両の中でも旅行気分でカードゲームやお菓子を食べながら女の子同士おしゃべりに花を咲かせる子がいるとおもえば、小難しそうな本を退屈そうに読んでいたりする子もいる。中には仲のいい友達に膝枕させて、昼寝をしているしている者もいた。膝枕(ひざまくら)させている方もまんざらでもない表情なので、もしかしたらカップルなのかもしれない。

 思った以上に学舎の生徒はいろいろな人間がいるようだった。どこか、異国の奇妙な動物が集まった動物園の中にもぐりこんだ気分だ。

 みな三者三様というか、それぞれが気の遠くなるような長い道のりを様々な方法で過ごしている。

 一応書類上は組合所属の魔法少女とはなっているが、正式に所属しているという感じではなかったし、まだ実感と言うものが無かった。目に余る態度の人間もいないわけではなかったが、それをうるさく注意をする者もいないかった。

 それに大半は節度を守っていたので大きなトラブルは起きることはなかった。


―――


 夜も更けてくると、車内は人気が消えたように静かになった。消灯時間のちょっと前に席をベッドに作り替えた。

 座席は簡易的な二段ベッドに変わり、ベッドメイキングが終わると、後は寝るだけだった。

 上の寝台が私、下の寝台がレーニャが寝ることになった。

 消灯後もところどころで、時々人の動く音も聞こえたが気になるほどではない。ド派手なパジャマパーティが湧き起こることも無く。列車の揺れる音だけが響いていた。

 しばらくすると、下のベッドから私を呼ぶ声がした。

「どうしたの?」

「ねえ、アリサ。つまらないお願いなんだけどさ、しばらくの間……そばにいてくれない?」

 私は少し間を置いて。

「うん」と頷いて「いいよ」と言った。

 レーニャは気弱なただの女の子のように思えた。普段しっかりした性格のレーニャが見せることのないその表情がどこか新鮮で、いとおしく思えた。

 すぐに私はレーニャのベッドにもぐりこんだ。

 寝台車のベッドは狭くて、そばにいるだけでレーニャの体温を感じた。自分のすぐ隣レーニャがいるのがとても嬉しかった。

 そして、眠りにつく直前まで何を話したか思い出せないくらいおしゃべりをして、一緒のベッドで眠った。明日になれば、私たちは訓練所に着くことになる。明日からは今までのようにはいかないはずだ。


―――


 訓練所はそこそこの規模の地方都市の外れにあった。そこで、六か月ほど基本的な知識と技能を叩きこまれて、戦場へ派遣されることになる手筈だ。

 まず初めに訓練服と訓練で使う装備一式が与えられた。

 そのあと、

 所属

 階級

 といったものがあたえられ、最後にコードネームを決めることになった。

 本来の魔法少女契約よりもかなり簡略化されている。

 有事の為、仕方のないことなのだろう。

 訓練所は組合のモノだったから、組合所属、階級は魔法少女となる。

 コードネームは名前とは別に様々な活動や、識別のために必要となる。使う場面はほとんどないのだが、管理上あると楽なのだそうだ。それについては私は賛同することはできないが、上の方では本当にそう考えているらしい。

 レーニャの場合、クラースナイ・ヴェヂマ(紅い魔女)と言う通り名がそのままコードネームとなった。コードネームにВедьма(ヴェヂマ)と言う文字が入っている。彼女のルーツであるロシアの言葉で魔女と言う意味だ『魔女』魔法少女の位でコードネームで魔女を名乗るというのは普通じゃ有り得ないことだ。

 成人の際、ふつうなら階級は魔法使いとなる。魔法少女の位の後、すぐに魔女として扱われるには、ある一定の学位と、資格を所持していないといけない。コードネームに『魔女』という意味の言葉が入っているという事は彼女は後に魔女になれる権利を約束されているという事だ。

 私は、通り名などは持っていなかったので、コードネームを作ることとなった。

 さすがに、古風で東洋的な名前はエキゾチックを通り過ぎて意味不明にしか思われないし、

 魔術・魔法に対する考え方の違いもあるので、変に東洋風にしてしまうのは混乱や様々なトラブルが発生する。ここでの許されるエキゾチックはレーニャのロシア語やラテン語と言ったレベルまでだ。

 様々なルーツを持つアストラーニェでも、東洋の血を引く私は、ここの訓練所のコミュニティのなかでは特にマイノリティな立場だ。

 それにここは個性が尊重されるような環境でもないし、どうせ通るわけがないので、蒼き幽霊という意味のFantôme bleu(ファントム・ブルー)にすることにした。深い意味はない。フランス語なら通りがいいだろうというくらいだ。少し奇妙な気もするが、何か問題が起こったら改名すればいい。

 そして、今、ここに魔法少女としての私が生まれたのだ。