僕はたいした理由もなく君の手を握る 第十六章
コーディリアはみるみる成長していった。子供だからというのもあるが、元々が知識に貪欲で好奇心も強い、スポンジのようにいろいろな事を吸収し運用できるようになっていった。あとは実技訓練の積み重ねをしていけばいい。
「マジカルステッキは魔力を増幅させるためのものだ、ただし、単純に増幅させるのは力の無駄遣いになる。だから、コントロールが必要になってくる――」
完全なるマンツーマン。
最初は知識を詰め込むだけだったコーディリアもここ最近は、実践的な判断力がついてきた。
魔法が詠唱(えいしょう)できない時のマジカルステッキの使い方。
呪符を使った魔術発動。
それ以外にも、後学(こうがく)の為に色々と普通は使わない知識も、教え込んだ。
「――じゃあ、質問だ。もし、今一言も声を発することが出来ない状態の時はどうする?」
コーディリアは何も言わず、すぐさま地面にマジカルステッキで『炎』の漢字を書き、その文字を杖で突いた。
すぐさま火柱が上がる。
「甘い!」
俺は術符で、コーディリアの魔法を打ち消した。そして笑顔を見せた。
「発想はとてもいい。それは評価する。よく出来た。ただ問題は、漢字一文字じゃ効果は薄い、それに文字を書いていることが相手に悟られたらどうする?」
「わからない」
「その対応は、ちゃんと教えていないからな。呪文自体は、効果を発動させるだけのものだ。効果的に使うには、複雑にして唱えたりすることが必要になって来る。音声魔術なら、呪文を歌に乗せることでコント―ロールが出来る。歌に乗せるときは、昔の言葉や外国語を使え。普段使いの言葉と干渉しなくなる。呪符や魔術記号を使って発動させるときも同じだ単純な呪文や漢字一文字だけじゃ限界がある。呪符は何枚か仕込んでおくと、とっさの時、時間稼ぎになる。呪符の書き方は後で教えてやる」
「じゃあ、これから何するの?」
「呪文の暗記だ。それと文芸鑑賞のしかたも教える。高度な呪文は素晴らしい文芸と同じだ、そのあと構造解析だ」
「えー」
「文句は言わない。追加で漢字十個」
「漢字なんて使わない」
「コーディリアの所はな。だけど普通の生活にも魔術にも使う所もある。他の人が知らないことを知っておくのは、あとで役に立つことがある。文句は言わない」
―――
俺が、革張りの分厚い魔術書を眺めていると、仕事を終えたミハイルが戻ってきた。
「お前も先生らしくなってきたな」と笑った。
「先生ごっこだ。いまだに『先生』って言葉を聞くと虫唾が走る。俺は教育者って奴が大っ嫌いなんだ」
「でも、付け焼刃にしちゃ様になっている。向いているんじゃないか?」
「必要に駆られて最適化しているだけだ」
「はいはい」ミハイルはどこか癪にさわるような返答をしてから「それで、コーディリアはどんな感じだ?」と聞いてきた。
「能力は以前よりも上がっている。基礎的な能力は一通りついている感じだ。ただ応用までに行くにはまだ時間が必要かもしれない」
「わかった」ミーシャは呟く、そして続けて「そろそろ覚悟しておけ」
「ああ」
「戦況は日に日に悪化してる。フリーランスの使い魔が最近は死ぬほどぴっぱりだこだ。新聞の求人広告だって、使い魔、魔法少女、魔術戦闘ができるものの募集がかけられてる。好戦的なスローガンも増えた。俺も、仕事内容が日に日に汚くなっている。割りはいいんだが、危険といつも隣りあわせだ」
「無茶だけはすんな」
「ああ、結果的にお前をかなり巻き込んでいるのが申し訳ない」
「こんな時だ、仕方がない」
「とりあえず、単独行動の出来るような奴探しといてやる。元々集団生活にはなじめない性質だろ?」
「助かる」
「何の因果だろうな。使い魔なんて。嫌だと思っても引き戻されてる感じがする。お前は、この争いは、何時(いつ)終わると思う?」
「わからない」
ミハイルはそういうと、それ以上の何も言わなかった。