僕はたいした理由もなく君の手を握る 第二十三章
レーニャの亡骸を葬儀所へ運んだ。
葬儀所に行くと初老の老人が対応してくれた。亡骸を運んできても特別驚きもせず淡々と作業を進めていた。こういう事には慣れているらしい。
簡単に、死亡理由と状況を聞かれた。私は戦死と答えた。一般兵卒だったら怪しまれただろうが、レーニャの階級は怪しまれるより、特別扱いなのだろうと思わせられるようなものだったので、それ程怪しまれず話が進んだ。
「こちらも、今は戦死なされたひとで霊安室が満杯になっておりまして、墓地も不足していますし、墓穴(はかあな)を掘るとなりますとこの季節ですからね、順に火葬に回される形になっております。なので長期間のお預かりというのは申し訳ないですが、いくらたくさんのお金を積まれてもお断りさせていただいておりますのをご了承ください」
「防腐処理とかはできないんでしょうか?」
「出来ない事は無いですが、薬が足りないので、長期保存となると難しくなります。あくまでも平時の防腐処理とは違い気休め程度と思ってください。傷口から雑菌などが入って、既に腐敗していたりすると、ここでは手の施しようがないので、故人様の状態を見ながら可能かどうか判断させていただきます。慎重で丁寧な作業になりますので時間を頂くことになります。費用はご遺体の状態によって追加料金がかかります。よろしいですか? こちらが最低の基本料金になります。遺体の確認が終わったらまた見積もりを出させていただきます」
「わかりました。よろしくお願いします」
「では少々お待ちください。ご家族用の控え室が一つ空いていますのでそちらでおまちください」
私はそこで、申請書類や証明書関係の煩雑な手続きを済ませた。
レーニャのマジカルステッキ内の基本情報を引き出す。
所有者の生命反応の消失後、情報が引き出せるようになっている。場合によっては簡易的な墓標となるし、戦死者の身元確認の認識票にもなる。
名前
生年月日
血液型
家族の連絡先
その他、特記事項。
家族の連絡先をメモする。入っていたのは一件だけ。ミハイルと書いてある。これがレーニャの兄だろう。
しかし、なんと伝えればいいだろう。
死んだ事実を伝えて逆上しないだろうか。
様々な事を考えると気が重くなる。
所定の用紙に全てのサインし終わる頃に、葬儀所の職員がまたやってきた。
「故人様のご遺体の方ですが。防腐処理は可能です。ですが、遺体が損傷しておりますが、この施設での処置に関しては問題ないと判断させていただきました。ただ長期間の保存は難しいので二週間以内の安置とさせていただきます」
「わかりました。代金の方ですが――」
安くはないが手持ちでどうにかなる程度にの金額だった。
「棺等の組み合わせで、多少はお安くできますが」
「それに関しては、別途家族と連絡を取らないと、葬儀については何もできないから。安置と防腐処理の代金は現金一括で。これが彼女の名前と、家族の連絡先なんですが、連絡していただけませんか」
「承知しました」
そう言って、請求書に書かれた金額を支払った。
「それでは、故人様の処置が終わるまでしばらく時間がかかりますので、ごくつろぎながらお待ちください。簡単なお食事なども必要とあれば用意いたしますので、必要とあらばお申し付けください」
約半日ほどしたら、棺に入れられたレーニャと対面することが出来た。
身体は冷たく、硬くなっていた。体中から体温が抜け、色も雪のように色を忘れていた。もう目を閉じ目覚めることはない。ただその姿は生前と変わらず美しかった。
「個人様との御家族とは連絡が取れました。二、三日中には伺うとのことです」
「そうですか」
「お顔の方、こちらの方でお化粧を施しましょうか?」
「私が施すこともできますか?」
「ええ。生前の道具があれば、そちらをお使いになってもよろしいですし、こちらにあるものでよろしければ、そちらも用意できますが」
「では申し訳ないですけど道具の方お貸し頂けますか」
「わかりました」
「よろしくお願いします」
化粧道具を受け取ると、レーニャに死化粧を施した。
これが私にできる唯一の弔いだった。