僕はたいした理由もなく君の手を握る 第二十四章

俺は、コーディリアの名前の彫られた墓石の前にずっと立っていた。特別な理由があるわけでもない。ただ、すっとそうしていたかったからそうしているだけだった。隣の敷地には売約済みの札。購入者の欄には俺の名前が刻まれていた。この墓地には彼女の父親も埋葬されている。

「もういいのか?」

「ああ」

「吸うか?」

「今咥えてる方でいい」

 ミハイルから吸いかけの煙草を受け取ると、それを吸い込み、ゆっくりと吐いた。

「美味くないな」

「そうか」

「こうなる運命だと決まっていたみたいだ」

「だとしても起ってしまったことは仕方がない」

「でも、あの時助けなければ、こんな思いもしなくて済んだのかもしれないと思ったりもするんだ。余計な罪悪感背負わなくても済んだんじゃないかって。結局、俺が助けて、俺が殺したようなもんだ。守るべきなのに守れなかった。使い魔が守られるってのはジョークにもなりやしないな」

「自分を責めるもんじゃない」

「そう言われても、やっぱり後ろめたい」

俺は溜息をついた。


―――


 ミハイルの家に戻ると電話のベルが鳴っていた。

 電話といってももちろん本物ではない

 あっちの世界の古い電話機を魔術通信を受信できるように改造したものがベルを鳴らしていた。

 ミハイルは受話器を取る。

「もしもし」

 沈黙。

 そして、

「はい、わたしです」の声と共に、表情が硬くなった。

 繰り返される「はい、そうですか」と「わかりました」の二語。

「すみませんが、どこの葬儀所でしょうか?」

 漏れる会話。

 理解できたのは、ミーシャの知り合いが亡くなったらしいという事だけ。

「……わかりました、今からだと早くても明日、明後日と少し時間がかかってしまいますが、お願いします」

 受話器を置いた。

「妹が死んだよ」

「原因は」

「詳しくは聞かなかった多分戦死だ。通っていた学舎は学徒出陣させられていたはずだ。着替えたらすぐ行く。安置されているって言っても、長い期間は安置できない」

「俺も行こうか?」

 ミハイルはしばらく考えるような仕草をした後、

「頼む」と言った。

 遺体の安置されている葬儀所までは半日ほどかかる。

 俺は、くたびれた黒いスーツに着替え、コートを着た。早くても明日、交通手段が無ければ明後日以降も考えられる。

 鉄道とバスを乗り継ぎ葬儀場へ向かった。バスは悪路を通る所為(せい)か乗り心地は最悪で、おまけに金属が擦れる嫌な音がする。座席は軋むし廃車寸前のようだった。おまけに運転手はバスを動かすのがとても下手だった。

 ミーシャはほとんど口も利かず、話しかけても一言二言返すだけだった。俺は時計の針を見ながら時間を潰していた。ミーシャは窓を見つめ何か考え事をしているようだった。

 そうして、乗り心地の最悪なバスを最寄りのバス停で降りて、葬儀所まで歩いていった。

 気温は低く、道の脇には雪が残っていて、歩くと足が痛くなりそうなくらい土が硬かった。

 葬儀所に入ると、身分証明書を見せて、真っ先に安置室に通してもらった。