ギフテッドの話

ギフテッド(Gifted)という言葉をご存知だろうか? なんやかんやで昔よりかは認知されるようにはなってきたと思うが、まだまだ知らない人も多いだろう。

ギフテッドって言うのはIQ125-200の間の高知能を持った人の事を指す。高IQの人の中には発達障害や、高機能自閉症、感情、精神障害なんかを併発している場合も多いんだけど、そういったものを含まずに純粋にIQが高い人をギフテッド(Gifted: 天恵)と呼んだりする。私個人は、知的好奇心で一時期それ系の日本語資料をかき集めて調べたこともある(日本語資料が少なすぎて、基礎知識くらいしか身につかなかったが)

一般的な大枠はWikipediaギフテッドの記事を読めば、どういうものか、さわりくらいは判ると思う。有名人ではHEROESマシ・オカさんがギフテッドだそうだ。

また芸術的感性が優れている人はタレンテッド(Talented: 才能持ち)と呼ばれているようだ。ギフテッドとしてあげられている人の大半は理系的センスの持ち主が多いようで、文系の人はどこにカテゴライズされているのか個人的には気になるところ。

今のところ、ギフテッドにはこれといった定義が定まっていないので、発達障害を持っている高IQな人もギフテットとカテゴライズされる事もある。自分なりの解釈で言えば、発達障害などを伴っていない、一般の人と比べると異常にハイスペックな人間と考えている。

実際問題何かが突出している人は、何かが過剰に不足しているものではあるはずなんだけど、(アスペルガー高機能自閉症、感情障害なんかを併発してたり)ギフテッドの場合はそれがないといわれている。つまり、社会生活を送る上でハンディキャップを持っているわけではない。

では、何が問題になるかというと、その知能故に幼少期は同じ子供からは異質なもの扱いされてしまい子供社会にうまく溶け込めなくなるし、大人と一緒に居ても、一人前には扱ってもらえない。成長していくに従って高い知能をもつ故に抑圧されて育ったことで人格形成に多大な歪みが出てきてしまうことだ。

高い能力を持つのに、環境に恵まれず厭世的になったり病的に自身が無かったり、鬱病などを罹患したり、コミュニケーションに壊滅的な影響を与えてしまう、それゆえに対処が必要になってくるわけだ。

この知能を放っておくと社会の重大な損失だし、才能や能力がある物のためにはそれに見合った教育が必要であって「人間はみな平等」の考えのもとで縛っちゃうと、そういった人々の独自の教育機会を奪うになり逆に不平等になってしまう。問題の本質はこんなところにあると思う。

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ギフテッドは、頭が良すぎる障害といってもいいのかもしれない。自分はIQ100-105くらいの平均に属する人間なので、彼/彼女らがどんな状況に置かれ、どんな気持ちでいるのかはよくわからないし、個体差・個人差が大きくて、ひとつのカテゴリーでくくれないような気がする。画一的でなく個々の対処やサポートが必要な面を考えると対処するにはかなりの労力とコストがかかる。

少数派の問題点というのは、世の中の大多数のカテゴリーからあぶれてしまうこと。そしてその対処には、個々にあわせた、生活から何からを特注でデザインしなければいけないこと。大多数の効率重視の世の中では、サポートできないわけだ。

理解者がいない事による、精神的なストレスは大きいだろう。話はズレてしまうがオタクカルチャーに身を投じている、投じていた人たちなんかは、コレに関しては共感できることも多いだろう。悪いことはしていないのに、一般的な人が興味を持つことに興味を持てなかったり、逆にみんなが重要視されないようなことに、過剰に執着したりというのはあったはずだ。

自分が生きてきた中で感じているのは、多分オタククリエイターの上位層の何割かはギフテッドとタレンテッドは多分カテゴライズ出来る人はいるだろうし(事実、オタクと言われる人たちは平均すると学校の成績上位者が多い)、オタクとして学生時代迫害された人たちの状況と似ている部分がある。

どんなもの事/物でも上位に行けば行くほど、そういった存在は存在している。生まれつきのセンスが有る人の中一部には、本当に努力じゃカバーできないような才能に恵まれて生まれてくる人はいる。与えられる能力と環境は現実的に見て不平等なのだから。

でも特殊な才能を持って生まれても、特殊な才能故に、経済的にも学習的にも環境に恵まれないと、かなり辛い部分が多くて、それを生かせず枯らしてしまう人も多い。親、指導者、友人、環境……etc...おまけに良かれと思ってやったことだって才能の芽をを摘んでしまう事がある。結局は個々の人生に集約されるわけで、人生はサバイバルなのだ。

『誰かに理解してもらおう』ではなく自分の存在を自分らしく表現する、もちろん攻撃的なアプローチではなく、みんなに寄り添って浸透させていくアプローチが望ましい。積もりに積もった不満を爆発させるのではなく(戦略的にインパクトを出したい場合は別として)、今現在そういったことで、しんどさ、生きづらさを抱えている人たちは、どうしたらその事が相手に伝わるか、話を聞いてもらえるかを考えてほしいなと思う。今日、明日で劇的に良くなることはないだろうけど。

こういった、特殊な才能やらなんやらを持って生まれてしまうと、生きていくにも色々大変だろうが、どうにか地に足をつけて自分の力で未来を切り開いてくれることを祈るばかり。

世の中には、自分の理解を超えた様々なものがいる。別に理解する必要も、特別扱いもしなくていいし、偏見を持っていてもいいから、世の中にはそういう奴等が少なからずいるということだけは忘れないやってください。多分偏見とかは、当人たちが声を上げて解決していくと思うので。